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 僕は、今年の正月は日本に帰らないことにしていた。
できるだけニューヨークの四季を肌で感じていたかったからだ。
それに、休み明けにラスベガスでのロケが控えていた。
その準備もあったので、翔たちと新年を迎えた。


 僕たちは新年早々映画三昧だった。
翔も映画に慣れてきていた。
アニータもさりげなくフォローしてやっていた。
僕は『セレンディピティ』が見たかった。
この映画と、梢と僕との共通点はたくさんあった。
ジョナサンも彼女の名前と電話番号の書かれた本を見つける。
でも、彼がその本を見つけたのは出会ってから7年後のことだったから、すでにその電話番号は他人が使っていた。
それでも彼らは逢うことが出来る。
ジョナサンの電話番号が書き記された5ドル紙幣がサラの手に戻るからだ。
所詮、それは映画の話。
そうなると運命を通り越して奇跡に近い。
いまさらこんなことを認めたくはないが、脚本家の都合のいいマジックによって彼らは感動的な再会を果たすことができる。
そんな運命のサインなんて現実には存在しないのだ。
実際、僕たちは運命に導かれる唯一のサインをすでに断ち切られてしまっていた。


 ラスベガスでは、ベラッジオに泊まる予定だった。
空港から相乗りのシャトルバンに乗った。
往復で8ドル、ホテルが立ち並ぶストリップまでは本当に近い。
シャトルは途中いくつかのホテルで客を降ろしながらまわるが、ベラッジオに到着したのは意外に早かった。


 フロントでチェックインの手続きをした。
手書きで2435と部屋番号が書かれた紙でできた二つ折りのカードケースを受け取った。
中にプラスティックのカードキーが挟まれている。
少し早く着いたので、まだ部屋のクリーニングが終わっていないという。
僕は荷物を預けて少しスロットで遊んでみようと思った。
初めてであまり勇気がなかったので5セントのマシンで遊んだ。
20ドル紙幣を右上の挿入口に入れるとデジタル表示で枚数が記されてゆく。
つまり400枚だ。
ドラムが横に5列並んでいる。
縦には3列。
いくつもの可能性にチャレンジするためは5セントと言いながら1回に35枚をベットしなければならない。
しかし、なぜかどんどん増えてゆく。
どういう組み合わせになると当たったことになるのか最初はわからなかった。
しかも、枚数がデジタルで表示されるだけなのでお金という実感がわかなかった。
でも、しばらく遊んでいるとなんとなく仕組みがわかってくるものだ。
5列のドラムにパーティと書かれたマークが3つ並ぶと音楽とともに画面上に30個のリボンに結ばれた箱が並ぶ。
それを一つずつ指でタッチしてゆく。
すると300とか75とか書かれた数字が出てくる。
これがなんと当たった枚数なのだ。
30個の箱のうち6個にはずれが入っている。
つまり、はずれを引かない限り箱を開けることが出来る。
確率80%だ。
結局、1時間で4000枚になった。

そろそろ、クリーニングも終わった頃だったので、係を呼んで精算してもらった。
200ドル・・・5セント4000枚がたったの200ドル・・・感覚的にうまく結びつかなかった。
思ったより少なくてがっかりしたが、もとは20ドルだから、時間つぶしとしてはいい稼ぎになった。


 部屋は2435だ。
エレベーターホールではガードマンがいちいちキーをチェックする。
24階にエレベーターで登った。
そしてカードキーを差し込んだ。
ランプがグリーンに変わらない。
何度かやってみたがドアが開かない。
僕は、フロントに戻ってクレームをつけた。


「おかしいですね。このキーに異常はないのですが・・・」

そう言うとベルボーイを無言で手招きした。
僕は彼の後に着いて行った。
彼はエレベータに乗り込むと26階を押した。


「24階だろ?」

「いえ、お客様のお部屋は26階でございます。」

 僕は、部屋番号の書かれたカードケースを改めて見た。
そこで、はじめて自分のミスに気がついた。
アメリカ人の書く数字の6は4に見えるのだ。
はずかしくなった僕は、ベルボーイにチップを渡して帰ってもらった。


 部屋に入った僕はテーブルにカードキーと部屋番号の書かれたケースを投げた。
今度は間違えないようにと頭に数字を叩き込んだ。

2635・・・2635・・・待てよ?

僕は、さらにとんでもない間違いに気がついた。
梢の電話番号は、どうだっただろうか?

確か数字の4が入っていたような気がする。
いや彼女は日本人だから、たぶんそんなややこしい数字は書かないはずだ。
僕は、確かめたくて、アニータに電話を入れた。
そして、電話を確認するように頼んだ。
30分経って電話が鳴った。
やっぱり間違えていた。
8427だと思っていた番号は8627だったのだ。


僕は、焦る気持ちを抑えて電話をかけた。

「ハロー?」

女性だ。
でも、日本人じゃない。


「あの、梢さんとお話がしたいのですが・・・」

「梢は、今日本です。来週まで帰ってこないんです」

「そうなんですか・・・僕は、悟と言います。僕も今仕事でラスベガスに来ていて1週間はニューヨークに戻れません。再来週の土曜日の夜8時にセントラルパークのスケートリンクで待っていると伝えてくれますか?」

「もちろん」

「それとセレンディピティと伝えてください。そう言えば彼女はわかります。」

 セレンディピティ・・・それは、幸せの偶然。
僕はあえて自分の連絡先を伝えなかった。

もう必要ないと思ったからだ。